つまみぐい

つい、手がのびた。

言葉にできない澱みがある

5月14日、父方の祖母が亡くなった。
父からその知らせを受けたのは友達の結婚披露宴真っ只中。
慌てて二次会を欠席させてもらった後に、通夜は月曜、葬儀が火曜に決まったと連絡を受ける。
その時からずっと、言葉に出来ない澱みが胸の奥底にあるのを感じている。

記憶している一番古い祖母の姿は、下着や化粧品を販売の仕事をしゃきしゃきとこなしていた。
「ここにサロン長って書いてあるやろ、こればあちゃん。今月これだけ稼いだんやよ~。」と給与明細らしきものを見せてもらったことがある。

祖父母は伯父一家と同居しており、物心ついた時には家事の殆どを既に伯母が引き受けていたが、それでもたまに祖母の作ったおかずが食卓に並んでいることもあった。
「こればあちゃんが作ったでの、美味しいか?」
ばあちゃんの里芋の煮っ転がしは水を使うところ全て酒を使っていると言っていた。
…これは嘘かもしれない。でも、少し濃いめだった。

「お風呂入れてあるで。はよ入りねの」
「布団敷いてあるで。」
毎年盆暮正月に泊まりに行くと、着くや否やそう言われるのがお決まりだった。
「今年のお盆はいつ来るんや?」
「正月はいつから来るんや?」
そう電話をかけてくるのも、お決まりだった。
返事の電話をかけるのは夕方早めの時間。
「ばあちゃんおる?」
「あーもう酒飲んでもうてるわ」
…そうでなければ、お酒を飲んで記憶が曖昧になってしまって、翌日また同じ電話がかかってきたものだった。
「昨日電話くれたってか?ほやったけの?」

構いたがりで、自己PR多め。
だけど間違いなく愛情深い人で、正直甘やかしてもらった記憶しかない。

高校生の時だったか、腸閉塞か何かで緊急入院したばあちゃんはオストメイトになった。
昔からよくお酒を呑む人ではあったけど、お酒を呑んで記憶が曖昧になったり転んだりすることが増えて酔っている時間が長くなった(らしい)。
同居する伯父一家の口ぶりも、しょうがない人だなぁというため息から、これはおかしいという戸惑いに変わっていったように思う。

老人鬱か、認知症か。
はっきりしないまま祖母の奇行は増えたようで、同居する伯父一家、祖父の気苦労は、離れて暮らす私には本当に計り知れない。
ある年の年末に帰省すると、急に髪が真っ白になっていた。
表情も別人のようになって、鬱陶しがられるほどPRを繰り返していた口数は激減していた。
従姉兄達とカードゲームをした時に罰ゲームとして使った百味ビーンズの残りを黙々と食べていたから、多分味覚もあまりなかったのかもしれない。
(相当不味い味が残っていたはずなのに、次の日出かけて帰ってきたら空になっていた)

昨年の夏は、初めて主人と福井に帰省した。
その頃にははっきり認知症であると診断され、デイサービス(祖母は学校と言っていた)に通っていた。
最近は誰が誰か分からず一言も喋らないことも多いと聞いていたので、一緒に墓参りに出かけた時に恐る恐る話しかけた。
「ばあちゃん、私やよ。これ旦那さん、わかる?」
「…わかる、わかる。何もないとこやけど、ゆっくりしてっての」
ばあちゃんは笑っていた。

今年の年始の帰省は、兄嫁と主人、そしてばあちゃんの初曾孫にあたる生後3ヶ月の甥っ子が一緒だった。
「ばあちゃん、曾孫やよ。ばあちゃん、おばば(大ばば、曾祖母の意味)になったんやよ。」
ばあちゃんは驚きと喜びで目をまん丸にしていた。
「私ひいばあちゃんか。ひいばあちゃんなんや。」
何度も何度も繰り返して、何度も甥っ子を抱っこしたがった。
その日、ばあちゃんに話しかけられたのがちゃんとした会話としては最後だったかもしれない。
「大きくなったの、もうお母さんの背抜かしたんでないか」
「中学生の頃とっくに抜かしたよ、ばあちゃん」
「ほやったけの?」

認知症はどんどん進んでいたけど身体は悪くなかったから、無事お腹の子が産まれたら秋口には一度見せに行けるかな、と思っていた。
抱っこしたら、ひいばあちゃんだ、ひいばあちゃんだ、と喜ぶかな。
また目をまん丸にするかもしれない。
背が伸びただけじゃなく、もう母親にもなったのかと。

食べていたものを喉に詰まらせて、窒息だったそうだ。
年明け頃要介護認定がとれて、伯父一家としても家の中だけで抱え込む以外の先行きが少しずつ見えてきていたのではないだろうか。
それだけに、何か今までの葬儀にはなかった慌ただしさと疲労感、そして非現実感がある。

私にとって盆暮正月の福井への帰省は毎年当然にあったもので、大好きな時間だ。
そこにはばあちゃんがいた。
どんどん変わってはいっても、愛情は深くてどこか憎めない、ばあちゃんがいた。

次に行っても、もういないのか。
まだ、信じられない。
見守っていてほしいとも、まだ思えない。
ばあちゃん、何だかんだと、私はばあちゃんが大好きだと、
たくさん可愛がってくれてありがとう、と、
言わなきゃ、でも声が出ない。

明日はまた仕事だ。一人暮らしをこなしながら、体調に気をつけながら、日常に戻っていくはずだ。
戻っていかなきゃいけない。

それなのに、何だかまだもう少し、寝付けそうにない。